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協働して描く


科学者とイラストレーターが協働してイラストを制作する際には、両者は様々なコミュニケーションをとります。 しかし、科学者とイラストレーターの間にコミュニケーション不全がおきることもあります。 科学者とイラストレーターが協働する場合、どのようなプロセスで制作が進むのかについては、「発注から納品まで」に書きました。 本項目ではどういう点ですれ違いが起きやすいのか、どうやって歩み寄ったらいいのか、私 なりの意見を書きます。

ただし、ここでは理想的な対策を書いています。 実際には、時間的制限や相手との相性など、様々な要因でうまくいかないことがあると思います。 起こりうるトラブルをあらかじめ頭に入れておき、できる範囲で対処していくのだと思います。

重要なことはきちんとコミュニケーションをとることです。 意見が対立しても、コミュニケーションがうまくとれればトラブルにはなりません。 クライアントが力のある、相性の良いイラストレーターを見つけ出すこと、 イラストレーターがコミュニケーション術を高めることも重要です。

  • 価値観の対立

    科学者が「科学的正確さが大事」と言い、 イラストレーターは「美しさやデザイン性が大事」と言って両者譲らない。 その結果、こじれてしまうというケースをよく耳にします。

    この対立を回避するために注意しておきたいのは、「デザイン」という言葉の意味です。 科学者の多くは、「デザイン」を芸術性などと混同しています。しかし、デザインは芸術とは全く違います。

    デザインとは、ある目的を果たすために、モノをより良いかたちに設計することです。 サイエンティフィックイラストレーションの場合でいえば、相手に科学的知識を効果的に伝えるために、 わかりやすい表現を作りだすことです。 伝達効果や教育効果を落とさないためには、 デザイン性を妥協するべきではありません。

    価値観の対立を乗り越える最もよい対策は、 イラストレーターが正確さとデザイン性を両立するような表現を知恵を絞って考え出すことでしょう。 イラストレーターに何が科学的に正確な情報なのか理解してもらえるよう、クライアント側が支援することも大切です。

    ただし、科学者・クライアントにも注意してもらいたいことがあります。 科学者は、正確性を重視するあまり、イラストに情報をどんどん盛り込む傾向があります。 しかし、情報が多いと見る側(観衆)は混乱します。 情報はできるだけシンプルで少ない方がいいでしょう。 そのイラストの目的にとって必要最低限の情報は何かということを、科学者・クライアントはよく考える必要があります。

    一方、「美しさが大事」と言ってイラストレーターが科学的な正確さを考慮してくれない場合については、 そのイラストレーターはあまり優秀ではないか、科学に対する理解が低いのではないかと思います。 美しさと正確さを両立するような表現を作るイラストレーターを探していくしかありません。

    ■■ 対策

    科学者さん、クライアントさんへ:
    科学的正確さにこだわると情報過多になりやすく、読み手(観衆)の混乱を招くということに気付くことが大切です。 あまり情報が多くならないよう気を付けた上で、 ここはどうしても正確であってほしいという点や、明らかに間違っている点、誤解を招く点については、 修正を指示してください。

    イラストレーターさんへ:
    サイエンティフィックイラストレーションは科学的に正確であることが重要です。 正確さとデザイン性、美しさを両立させるよう心がけてください。 科学者さんの指導により情報過多になりそうな場合には、シンプルさの重要性を説明し、 最低限押さえるべき点は何なのかを科学者さんと共に確認したらどうでしょうか。

  • イラストの修正に対する認識の違い

    イラストレーターからよく聞く嘆きに、 「科学者が制作の最終段階で無茶な修正を指示 してくる」というものです。

    イラストは、特に手描きの場合ですが、完成に近づくほど修正が困難になります。 色みは塗り替えたり、Photoshopを使ってある程度変えることができますが、 モノの形や位置を変えることは簡単ではありません。技術的な問題だけでなく、デザイン上の問題もあります。 ほんの一部を変えるだけでも全体のバランスが崩れてしまうことがあるのです。 そのため、形や位置の修正は、できるだけラフスケッチの段階で済ますことが重要です。

    ■■ 対策

    科学者さん、クライアントさんへ:
    イラスト制作の最終段階で多くの修正を求めることがないよう、 気付いたことは早めに、できればラフスケッチの段階で指摘するようにしてください。

    イラストレーターさんへ:
    ラフスケッチをなるべく見やすく明確に描き、かつ、最終工程での修正は難しいということを事前に強調して伝えてください。 また、科学的な情報に関してわからないことは、早い段階で科学者に聞くことをお勧めします。

  • イラストの利用に関する認識の違い

    イラストレーターから何度か聞いたことのある嘆きに、 「科学者がイラストをあとで使 いまわせるようにと、 必要のないものまで描かせたり、小分けに使えるようにしてほしいと言うなど、いろいろ要求してきて困る」というものがあります。

    科学者はイラストを使いまわすことがよくあります。科学者は何度も同じようなことを発信する機会があるためです。 ポスター発表で使ったイラストを、パワーポイントの発表で、学科紹介パンフレットで、 講義の配布物で使いまわすということはよくあることです。 イラストレーターに作ってもらった綺麗なイラストを、何度も使いたいと思うのは自然なことかもしれません。

    注意したいのは、ある用途に最適なイラストが、 ほかの用途にも最適とは限らないということです。 印刷パンフレット用に作ったイラストは、パワーポイントに張り付けるには細かく見にくいかもしれません。

    また、使いまわしをしてよいかどうか、クライアント側はイラストレーターに許可を取る必要があります。 無断で使用すれば、著作権法違反になる場合があるので注意が必要です。

    ■■ 対策

    科学者さん、クライアントさんへ:
    イラストレーターは発注された用途に最適なイラストを作っています。使いまわしをするならば、 どういう用途で使う可能性があるのか、事前に伝えた方がいいでしょう。 また、使い回しが効くと言うことは、どの用途に対しても「最適」ではないということを、了解しなくてはなりません。

    イラストレーターへ:
    科学者はよくイラストを使い回しします。それを踏まえてデザインしたら、 喜んでくれるかもしれません。デザイン性から考えて、あまりにも無茶なことを要求された場合には、 きちんと説明したほうがいいと思います。

(初稿 2013年1月22日)